リーバイス501とコーン・ミルズ【1】XXデニムと染色とドレイパーX
リーバイス501とコーン・ミルズ 全3記事
【1】XXデニムと染色とドレイパーX

2002年5月13日、当社(筆者注:リーバイ・ストラウス社)は、コーン・ミルズ社との供給契約における独占供給条項及び供給要件を修正しました。本修正により、2003年3月30日以降は、当社が他の供給元から当該デニム(筆者注:501®ジーンズに使用される”XX”デニム生地)を購入すること、及びコーン・ミルズ社が当該デニムを他の顧客に販売することが可能となります。
2003年3月30日、1915年から続いたリーバイス社とコーン・ミルズ社との間の「501」用「XX(ダブルエックス)」デニムの独占供給契約は、終焉を迎えました。
2003年年末、リーバイス社は、米国テキサス州サンアントニオに残った最後の米国内自社工場を閉鎖。
2004年以降、米国産のコーン・デニムを使用し兼つリーバイス社の米国内自社工場で縫製された ’MADE IN U.S.A.’ の「501」は、存在しません。
2017年年末、コーン・ミルズ社はノース・カロライナ州グリーンズボロの米国内最後の工場であるホワイトオーク工場を閉鎖。
2018年以降、米国産のコーン・デニムを使用し兼つリーバイス社の米国内自社工場で縫製された ’MADE IN U.S.A.’ の「501」が生産される可能性は永遠になくなりました。
冒頭で引用した文章は、2002年のリーバイス社の米国版有価証券報告書に記載されたものです。
コーン・ミルズ社の報告書にも同様の文章が記載されています。
このブログでは、リーバイスの工場番号や、80年代から90年代の「501」について多くの紙面(画面)を割いてきました。
リーバイス「501」を語るとき、コーン・ミルズに言及しないのは、やはりどこか不十分な感じがつきまといます。
100年近く続いたリーバイス社とコーン・ミルズ社間の蜜月関係にまつわる豆知識~特に「501」に関して~を紹介していきます。
3回程度に分けて書き進める予定ですが、億劫になって短くなる可能性も、若しくは調子に乗って思いのほか長くなる可能性(多分ない)もあります。
「INVENTORY」(VOLUME04 NUMBER08 SPRING-SUMMER 2013)の Paul Trynka氏の「CONE MILLS: THE HOME OF AMERICAN DENIM 」記事、同氏のBlog「loom state」から多くの引用を頂いておりますので、ここに感謝申し上げます。
「501」とコーンミルズの歴史
1890 「501」誕生
1891 MosesとCeasarのCone兄弟が、Cone Export and Commission Companyを設立
1895 Proximity Cotton Mills(Greensboro(NC))を建設してデニム生産を開始(Proximity Manufacturing Company)
1899 Revolution Mills(Greensboro(NC))設立(フランネルの製造)
1905 White Oak Cotton Mill-ホワイトオーク工場-を建設してデニム生産を開始
※1910年までに、ホワイトオーク工場から市場に供給されたデニムは、世界のデニム需要の3分の1を占めていたといわれています。
1915 リーバイスがコーン・ミルズからデニムを買い始め、独占供給契約を締結(ゴールデンシェイクハンド)
1921 連続ロープインディゴ染色機の特許を取得
1927 Cliffside Cotton Mills(クリフサイド工場とヘインズ工場を保有)を買収
※1937 年には、3152台の織機を擁するホワイトオーク工場は世界最大のデニム工場に成長しました。
1948 Proximity Manufacturing CompanyとRevolution Millsが合併して、Cone Mills Corporationを設立
1957 ドレイパーX2を導入
1966 新コンピュータシステムを導入して、旧来のLOTを廃止して数字だけのプロダクトコードを導入
1968 ドレイパーX3を一部の工場に導入
1974 クリフサイド工場に新しいデニム工場を増設
1983 セルビッジデニムの生産を終了
1992 60年代501の復刻版「501®XX」を日本で発売
1996 1955年モデル501の復刻版「501®XX」を発売
2003 連邦倒産法第11章の適用を申請、クリフサイド工場閉鎖
2004 インターナショナル・テキスタイル・グループによって買収され、Cone Denim LLC(コーン・デニム)に社名変更
2017 ホワイトオーク工場閉鎖
連続ロープ染色
コーン・ミルズ社は、1921年に連続ロープインディゴ染色機の特許を取得しましたが、この点について多くの人が誤解しているようです。
ロープ染色という技術自体は、当時、既に確立されていました。
1921年、コーン・ミルズ社は、大量生産可能な「連続で」ロープ染色を行う技術を開発して特許を取ったということです。
この技術により、デニム生産量を飛躍的に増加させることが可能になったのです。
合成インディゴと硫化染料
「1976年頃までのリーバイス501のデニムには「天然インディゴ」が使われていた」なんてトンデモないデマを、2025年になっても言い続けている自称有識者らがおりますが、1900年代初頭までには全世界的に「天然インディゴ」は「合成インディゴ」に取って代わられました。
1976年頃からの「501」は、経年変化による色落ちが極端に早くなったと言われています。
それゆえ、1976年頃にコーン・ミルズ社の「501XXデニム」のインディゴ染料が「天然」から「合成」に変わったと思い込んでしまったのか、もともとの正しい情報が伝言ゲームで誤解されてしまったのでしょう。
染料が大きく変わったという事実は、確かに間違ってはいません。
インディゴ染料が天然から合成に変わったのではなく、合成インディゴ染料に混合する「硫化染料」の割合が大幅に増えたのです。
1976年以降の501(いわゆる66後期)の色落ちの変化は、コーン・ミルズ社の内部情報によれば、硫化染料の割合が増えたことによるインディゴの定着が悪くなったことが理由だと言われています。
「WAR DENIM」(青田充弘著)P132によると、1930年代から1950年代の「501XX」のデニムの成分分析をしたところ、経糸で硫黄成分が検出されたとあります。
戦前から一定程度使用されていた「硫化染料」の割合が1976年を境に一気に増加したということでしょうか。
ドレイパー(Draper)社
コーン・ミルズ社でセルビッジデニムを生産した織機は、米国マサチューセッツ州ホープデールのドレイパー社製でした。
1920年当時、ドレイパー社は、より効率的な織機を開発して南部の工場に資金を提供することで、ニューイングランド地方(米国北東部=ニューヨークの上の方)から南部への生地生産の移転に貢献しました。
この結果、リーバイス社はデニムの仕入先をニューイングランド地方にあたるニューハンプシャー州のアモスケグ社から南部のノースカロライナ州のコーン・ミルズ社に変更しました。
ドレイパーX2・ドレイパーX3
1925年当時のホワイトオーク工場に備え置かれた織機は、「ドレイパーE」というモデルだったのではないかと言われています。
その後「ドレイパーX2」へと代わり、1985年にシャトル織機を廃止した当時400台以上あったシャトル織機のほとんどは「ドレイパーX2」モデルでした。
ワイドシャトル織機(42インチ幅)の「ドレイパーX3」が1960年頃には発売され、1970年代には最新のセルビッジなしのプロジェクタイル織機が普及し始めたにも拘わらず、コーン・ミルズ社は60年代から70年代にかけてナローシャトル織機(29インチ幅)の「ドレイパーX2」でセルビッジデニムを生産し続けました。
1970年代にセルビッジデニムを採用していたのは、(ほぼ)リーバイス「501」のみでした。
「ドレイパーX2」「ドレイパーX3」の「X」から、「XX(ダブルエックス)」デニムを連想する方がいらっしゃるかと思います。
STUDIO D’ARTISANのHP内の記事(http://www.dartisan.co.jp/shop/kurashiki/blog/2022/06/17/5338/)にも、”「XX」は織機の型番「X」から来ているのでは?” と指摘する記述があります。
上記のとおり、1925年当時の織機は「ドレイパーE」であって、「X」シリーズはまだ販売されていません。
一方で、最高品質を意味する “「EXTRA EXCEED」=「XTRA XCEED」=「XX」" が意味する「XX」表記は、既に1904年のリーバイスのカタログには登場しています。-「501XXは誰が作ったのか?」(青田充弘著)P100-
織機の型番「X」と「XX」デニムに関連があるとするならば(あくまでも、’あるとすれば’)、ワタクシの考えは逆です。
「XX」デニムを生産するために、「ドレイパーX」シリーズは開発されたのではないでしょうか?(あくまでも、’「XX」デニムと関連があるとすれば’、です。)
また、往年の「501」の「XX」デニムを生産した織機は、”「ドレイパーX3」であった” という意見を聞いたり目にしたことがある人も多いでしょうが、それは間違いで「ドレイパーX2」正しいのです。(こちらにも、そのような記載がありますが…間違った情報です。)
1960年代から70年代の「501」(いわゆる501XX、501Big-E、66などと呼ばれている「501」)は、「ドレイパーX2」により生産されたデニムを使用しています。
既述のとおり「501」の「XX」デニムは、「ドレイパーX2」よって生み出されたのですが、ここにも誤解があったようです。
1992年、リーバイス社は日本向けに60年代501の復刻版「501®XX」を発売しました。
この復刻版「501®XX」のためのセルビッジデニムを生産するため、コーン・ミルズ社は「ドレイパーX3」をホワイトオーク工場に復活させました。
コーン・ミルズ社は、1983年セルビッジデニム生産中止後の1985年にホワイトオーク工場にあった約400台の「ドレイパーX2」を全て廃棄しました。
そこで、プロキシミティ工場に保管してあった「ドレイパーX3」32台をホワイトオーク工場に移設して再稼働させることにしたのです。
「ドレイパーX3」は42インチ幅の織機であったため、「ドレイパーX2」と同じ29インチ幅にわざわざ改造までしてです。
この辺の事実が、後世の誤解を生んだ原因なのでしょう。
本記事は、この辺で終わります。
次回 ☞ リーバイス501とコーン・ミルズ【2】赤耳と青耳と片耳
