「70505」リーバイスジャケット(Gジャン)のボタン裏刻印について(2/2)

Levi's Factory Code

 

「70505」リーバイスジャケット(Gジャン)のボタン裏刻印について(1/2)“からの続きです。

リーバイスジャケット「70505」については、「私のリーバイス」というサイトの下記記事を参照ください。

🔗ヴィンテージ リーバイス 70505の種類と特徴

70年代「70505」リーバイスジャケットのボタン裏の番号の謎

1960年代後半に登場した「70505」のボタン裏の番号=工場番号は、何ゆえ”3桁”なのか?

「501」のボタン裏の番号=工場番号が”3桁”になるのは、1980年前後なのに。

70年代「70505」に関連するアレコレの事実

1.「70505」の登場は、1966年か1967年

2.極初期の「70505」のボタン裏は「O」(アルファベットのオー,Oberman Manufacturing

3.60年代後半から70年代の「70505」は、8つの番号の工場で作られた

52:Fayettville、521:?(たぶんEl Paso)、522:El Paso Lomaland、524:El Paso Cypress、525:El Paso Eastside、526:?、527:Fayettville、529:Hobbs
※今のところ、「520」「523」「528」はなさそう。

4.8つの工場の番号の始めの2桁は、”52”である。

5.ジャケットの他に、3桁番号を振られた製品はない

6.1966年(実質1965年)までのジャケットは、「17」→「D」のテキサス州デニソン工場

7.1965年前後からのジャケットは、デニソン工場と重複して、「O」(後の「52」=「527」)のアーカンソー州のフェイエットビル工場

8.「52」工場と「521」工場は、何らかの関係性を持っている

9.「521」「522」「524」の各工場は、何らかの関係性を持っている

10.新コンピュータシステム導入は、1967年

さて、以上が前回の記事でお伝えしたことでした。

ジャケット製造工場を”3桁”に統一した?

ジャケット製造の工場を、全て”3桁”番号の工場に統一したのでは?

まあ、とりあえずは誰でも?まずは、そう思うよね。

残念ながら、上に記載したように、確かにジャケット製造工場は、全て”3桁”番号だけれど、「520」「523」「528」のジャケットは見当たらない。

「523」に関しては、80年代以降にジャケット製造しはじめている。

地理的にまとまった工場なのか?

https://maps.app.goo.gl/zQd1yK4pffMPrybT8

El Paso、Fayettville、Hobbsの各地を地図で確認しても、関連性は見当たらない。

デニソン工場に関する記事で困惑

デニソン工場とは、50~60年代のリーバイスジャケット(Gジャン)506XX、507XX、557を作っていた工場なんですが、1966年の新工場移転とともにリーバイスジャケットの製造を止めたようなんですね。

その記事は⇒リーバイス社の「Denison」(デニソン)工場(17→D→7→?)についての蘊蓄アレコレ

そのときの資料を再度見直していたら、気になる一文を発見してしまいました。

1972年7月25日付「Denison Herald紙」から抜粋してみましょう。

Levi Strauss & Co. began production in Denison with 60 employees in 1949; it has grown to be the largest manufacturing employer, topped only by the Katy in total work force.
Levi’s largest sportswear plant today, the Denison factory’s first 60 employees worked at 56 sewing machines to turn out waist band overalls and denim jackets.
・・・
As the operation grew, expansion became necessary.  On June 6, 1965 a banner story in the Denison Herald announced the biggest event in Levi’s history here, the planned construction of a 80,000 square foot masonry building to be erected on a 20 acre site in the Denison industrial park northwest of the city.
Ground was broken for the new plant on July 4, 1965, with Levi Strauss employes joining Denison officials in that ceremony.
・・・
During the past year (1971) the plant completed its second parking space expansion since 1966.  An area on the plant’s south side was marked and paved, increasing the available spaces from 265 to 350 and making the ratio of 1.5 employes per stall.
Various Levi products have been made at the plant during its 23-year history, including the blue denim jackets which were a mainstay before the plant moved into the sports trousers field several years ago.  Today the jackets are contracted out to other firms which produce them for Levi’s distribution.
The plant here once produced “Levi’s for Gals” but this production is now concentrated in other locations.
In 1972 production of trousers at the plant in Denison is geared to the latest moves in men’s fashions, the 542 employes currently make two lines.  

リーバイ・ストラウス社は1949年に60人の従業員でデニソンで生産を開始し、現在では全従業員数で[Katy]に次ぐ最大の製造雇用主に成長しました。
現在リーバイス最大のスポーツウェア工場であるデニソン工場の最初の60人の従業員は56台のミシンでウエストバンド付きオーバーオールやデニムジャケットを製造していました。

事業が拡大するにつれ、拡張が必要になりました。1965年6月6日、デニソンヘラルド紙の見出し記事で、リーバイス社の歴史上最大のイベント、つまり、市の北西にあるデニソン工業団地の20エーカーの敷地に 80,000 平方フィートの石造りの建物を建設する計画が発表されました。1965年7月4日に新工場の起工式が行われ、リーバイス社の従業員がデニソン社の役員とともに式典に参加しました。

昨年 (1971 年)、この工場は 1966年以来2度目の駐車スペース拡張を完了しました。工場の南側のエリアが区画分けされ舗装されたため、利用可能なスペースが265から350に増加し、1台あたりの従業員の比率は 1.5人になりました。
この工場では23年の歴史の中で、さまざまなリーバイス製品が製造されてきました。その中には、数年前にスポーツパンツの分野に進出する前の主力製品であったブルーのデニムジャケットも含まれています。  現在、ジャケットはリーバイスの販売用に製造する他の企業に委託されています。
この工場ではかつて「リーバイス フォー ギャルズ」を製造していましたが、この製造は現在他の場所に集中しています。1972年、デニソン工場でのズボンの生産は男性ファッションの最新動向に合わせて調整され、現在 542人の従業員が 2つのラインを製造しています。

えっ?「1972年当時、ジャケットはリーバイスの販売用に製造する他の企業に委託されている」?

えっ?「70505」は、委託製造?

えっ?まじか?

小さな灰色の脳細胞を活性化させよう!

やはり、一筋縄には行きませんなぁ。

ワタクシは考え続けた、黒い柴犬と毎朝毎晩歩きながら。

クリスマスツリーは門松へと姿を代え、桜の花びらは散り、もはや入梅の候。

着る機会もない7着の「70505」購入の無駄な出費。

残された人生を考えれば、痛すぎる無駄な時間。

ワタクシは、後悔していた。

やはり、ジャケットの世界に足を踏み入れるべきではなかったのだ。

ワタクシは、始発の都営新宿線を待っていた。

30℃を超える蒸し暑い昼下がり、京王線笹塚駅3番線ホーム。

電車の警笛と風切音が、ワタクシの心の声に共鳴した。

そうか、長澤まさみだ!

大丈夫、それ、クボタ Oberman がやる!

「52」から始まる”3桁”番号の工場は、「Oberman」一門である。

これが、ワタクシの小さな灰色の脳細胞が導き出した結論だ。

つまり、「520」から「529」までの各工場は、地理的には微妙な位置関係にあるが、Oberman社が仕切っていた工場なのではないか。

おまえは、見誤ったんだ、柴剣。(ここ、「葬送のフリーレン」の対アウラの場面を想像しながら。)

ワタクシは、1966年、リーバイス社がOberman社を買収した時、Oberman社はすぐに解散したと思い込んでいた。

1966年6月3日付「Memphis Press-Scimitar紙」は、”リーバイス社はOberman社の普通株式の95%以上、優先株式の91%以上を取得したと”報じている。

1967年2月26日付「The Commercial Appeal紙」の記事には、”リーバイス社の子会社、Oberman社は、春シーズン終了をもって自社ブランドの紳士・少年用スラックスの生産を中止し、リーバイス社の衣料品に転換する。・・・リーバイスの衣料品への需要が高まっているため、残りのObermanの生産をリーバイスのラインに転換する必要がある。”

そう、1966年にリーバイス社はOberman社の買収に成功したが、Oberman社自体は子会社として残っていたのだ。

少なくとも1972年までOberman社が残っていたとすれば、「Denison Herald紙」の記事中の、”ジャケットを他社に委託していた”との説明がつく。

つまり、1970年代(いつまでかはわからないが)、「520」~「529」は、Oberman社の工場として運用されていたのではないか。

(Oberman社の解散時期については、これから調査予定として許してネ。)

1914年創業のOberman社は、軍用品を請け負っていたほどの生産技術と能力を持っていた会社である。

Oberman社の腕のある従業員が「520」~「529」の各工場に派遣されて、現地工員を指導して、パンツやジャケットを製造していたのかもしれない。

このOberman社買収の予定があったから、デニソン工場でのジャケット製造を廃止した可能性もないとは言えないだろう。

 

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またもや「El Paso」問題

さて、毎度のことながら、上記のワタクシの仮説(妄想)には、いわゆる”エビデンス”は、ありません。

1980年代以降の「501」のボタン裏には、多くの「524」El Paso工場を見つけることができます。

1970年代の「501」のボタン裏によく見られる「6」も、El Paso工場です。

「6」=「524」は、リーバイスオタク界隈では常識なんだけど...。

16刻印の謎にせまるのときと同じです。

また、「El Paso」が邪魔してくる。

もしかして もしかして 笑わないでくれるなら この気持ち 打ち明ける(小林幸子調で。)

もしかして、ワタクシのこの気持ち、「6」→「524」の可能性は?

最後に大事なお願い

またまた、最後まで、ワタクシの仮説(妄想)にお付き合いいただき、誠にありがとうございます。

正直言って、あまり自信のある仮説(妄想)とは言い難いのですが(まあ、今までもそうですが、汗)、それでもこうして記事にするのには、理由があります。

私のリーバイス」や「hands-on ブログ」、各種雑誌、書籍等々、多くの先人たちが残してくれたリーバイスに関する”Archive”という「宝」に、新しく判明した事実を掛け合わせることによって、今まで「謎」とされていた事柄が少しずつ解り始めています。

ワタクシは、その”Archive”に、とても感謝しているのです。

2024年時のワタクシの中途半端な妄想も、たとえ間違っていても、こうして”Archive”として残しておくことによって、何年後、十何年後にまだ残っている「謎」の解明に役立つかもしれない。

そんな”高尚な思い”を持って、ワタクシは妄想を駄文として書き続けているのです。

さて、このような記事を書いても、ワタクシに経済的利益はありません。

多くの人が、ワタクシの作成した80年代の工場番号リストを見て、お店の売り物やご自分の「501」等の工場を確認されて満足しても、また、その工場名をパクッてお店のサイトや、メ〇ルカリ、ヤフ〇オクの商品説明に記述しても、ワタクシには何の利益も発生しません。

それらのリスト作成や「謎」解明のための調査にかかる膨大な労力や、”研究資料”としてのリーバイス製品の購入により、ワタクシの身体事情と懐事情は、常に”火のクルマ”であります。

もちろん、ワタクシが”好き”でやっていることですから、文句ではございません。

「いいね」はいらないから、「金」をくれ。

-おわり-

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Posted by shiba-ken